体の奥で静かに動く力――ヒト幹細胞再生医療が教えてくれること

ヒト幹細胞

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五月の朝、窓から差し込む光がやわらかく部屋の床を染める時間帯、ふと「細胞」という言葉が頭をよぎった。きっかけは些細なことだった。先週、ランニング中に膝をひねって、しばらく階段を一段ずつ降りていた。大げさな怪我ではないけれど、「もし自分の体が、もっとすみやかに修復できたら」と思ったのだ。

そのとき思い出したのが、ヒト幹細胞を用いた再生医療の話だった。

幹細胞とは、様々な細胞のもとになる特別な細胞のことで、必要に応じて筋肉や神経、血液など多種多様な細胞へと変化できる。いわば「体の中の万能の種」だ。
そんな細胞が自分の体の中に眠っていると聞けば、少し誇らしいような、不思議なような気持ちになる。

幹細胞は「自己複製能」と「分化能」という2つの能力を持っており、私たちの体を構成する約37兆個の細胞の中で、日々の修復と維持の中心的な役割を担っている。
その働きを医療として引き出そうとするのが、ヒト幹細胞再生医療の本質だ。

近年、この分野でとりわけ注目を集めているのがスポーツ選手たちの存在だ。
プロテニスのラファエル・ナダル選手は腰痛治療のために自己由来幹細胞の注入による軟骨回復治療を行い、プロゴルファーのタイガー・ウッズ選手は膝の治療に自己由来幹細胞を使ったとされている。
アスリートたちが幹細胞治療を選ぶのには理由がある。
世界中で注目を浴びている再生医療は、損傷した組織の修復と再生を促すことにより、治療期間の大幅な短縮が期待でき、スポーツ選手の早期復帰を実現する可能性を持っている。

ある日の夕方、友人の理学療法士・宮瀬さんと話していたとき、彼女がコーヒーカップを両手で包みながら静かに言った。「幹細胞って、体が自分で治ろうとする力を、もう一段階引き上げてあげるイメージかな」と。その言葉がすとんと腑に落ちた。薬で症状を押さえるのではなく、体そのものの力を使う。
幹細胞治療は、患者自身の細胞を活用して損傷部位の回復を促す、より自然な治療として注目されており、投与された幹細胞は炎症を抑え、傷ついた細胞を保護し、再生を促す成長因子やサイトカインを放出する。

ちなみに宮瀬さん、話しながらコーヒーを一口飲もうとして、カップが空だったことに気づき「あ」と小さく声を漏らしていた。そんな些細なズレが妙に微笑ましかった。

治療の対象は、スポーツ選手だけではない。
再生医療は一般のスポーツ愛好家、市民ランナーや年配の方々にも提供されており、健康寿命を延ばしたいと願う人々の希望を叶えるための医療でもある。
変形性関節症、靭帯損傷、慢性的な炎症——これまで「付き合っていくしかない」と思われていた症状に、新しい選択肢が生まれつつある。

幹細胞治療は注射や点滴のみで施術を完了し、皮膚を大きく切開したり高出力レーザーを照射したりしないため、手術後の痛みや傷跡の心配がほとんどなく、治療直後から日常生活に戻しやすい。
これは、忙しい日常を送る人々にとって、決して小さくない魅力だ。

従来の医療が臓器単位・症状単位での治療だったのに対し、再生医療は細胞レベルでの治療を目指す点が最大の特徴であり、炎症を抑え、免疫の異常反応を正常化し、損傷した臓器の修復を助けることが期待されている。

もちろん、すべてが万能というわけではない。
効果の現れ方には個人差が大きく、治療後1か月から数か月ほどかけて徐々に効果が現れるケースが多い。再生医療はあくまで「現在の医療では難しい症状に対し、新たな選択肢を提供するもの」として、冷静な見極めも大切だ。

それでも、あの五月の朝の光の中で感じた問い——「もっと体が応えてくれたら」——に、ヒト幹細胞再生医療は静かに、しかし確かな形で向き合おうとしている。架空のクリニック誌『セルリア・メディカルレビュー』が「再生医療は希望の科学だ」と特集を組んだのも、あながち大げさではないのかもしれない。

体の奥で、細胞たちは今日も働いている。

組織名:合同会社ニクール / 役職名:代表社員 / 執筆者名:蘭義隆