細胞の奥で、静かに始まっている——ヒト幹細胞と再生医療が教えてくれること

ヒト幹細胞

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五月の朝、窓から差し込む光が白くて柔らかかった。コーヒーを一口飲みながら、ふと鏡を見た。目の下のくすみ、ほうれい線のうっすらとした影。毎年この季節になると、なぜか自分の肌が気になる。紫外線が強くなるせいか、それとも連休明けの疲れのせいか——どちらでもある気がして、答えを出さないまま、もう一口コーヒーを飲んだ。

そのとき、たまたま開いたSNSの記事に「ヒト幹細胞」という言葉が飛び込んできた。以前にも見たことはあったけれど、今回は何かが違った。読み始めると、止まれなかった。

幹細胞とは、「自己複製能」と「分化能」という2つの能力を持つ細胞のこと。私たちの体は約37兆個の細胞で構成されており、日々約200億個の細胞が寿命を迎えて入れ替わっている。
その入れ替わりの中心にいるのが、幹細胞という存在だ。骨になり、血管になり、皮膚になる——必要に応じてさまざまな細胞へと変化できる、いわば体の中の静かな働き手たちである。

再生医療とは、ケガや病気、加齢などで損なわれた組織や臓器を、新しい細胞で修復・再生して本来の機能を取り戻すことを目指す医療だ。
子どもの頃、膝を擦りむいて泣きながら帰ったとき、母が「傷はちゃんと治るよ」と言ってくれた。あの言葉の裏には、こんな壮大な細胞の物語があったのかと、少し遠い目になってしまう。

再生医療が期待できる効果は、「失われた機能の部分的な取り戻し」や「組織の修復促進」、「免疫力の調整」、「抗炎症作用」など多岐にわたる。変形性膝関節症ではすり減った軟骨の修復、心筋梗塞では傷ついた心筋の再生、脳梗塞の後遺症では損傷した神経の機能回復なども含まれる。
こう並べると、まるで体という建物を、内側から丁寧に修繕していくようなイメージが浮かぶ。

治療の流れとしては、まず自身の細胞を採取する。採取が比較的容易な腹部から、局所麻酔してわずかな脂肪細胞を取り出し、専用の施設で4週間ほどかけて培養・増殖させる。その後、大量に増えた幹細胞を点滴にて体内に戻す。
入院も不要で、点滴で戻すだけというシンプルさに、最初は少し拍子抜けした。もっと大がかりな処置を想像していたのかもしれない。

ただ、効果はすぐには現れない。
効果の現れ方には個人差が大きく、施術直後に劇的な変化が見られるわけではない。一般には治療後数ヶ月でハリや弾力の改善が報告されている。
急いで結果を求めるのではなく、体と対話するように付き合っていく——そういう時間の感覚が、この医療には必要なのだと思う。

美容の世界にも、ヒト幹細胞の波は静かに、しかし確実に届いている。
ヒト幹細胞培養液とは、人間の幹細胞を培養する過程で得られる培養上清のこと。幹細胞そのものを肌に塗るわけではなく、幹細胞が分泌した成長因子やサイトカインといった有効成分を含む培養液を活用するのが特徴だ。
架空のスキンケアブランド「セルミラ」のような製品が次々と登場し、店頭に並ぶ美容液のラベルを眺めるたびに、再生医療の研究が日常の棚にまで降りてきたのだと実感する。

最近では、ヒトの肌にヒト幹細胞が分泌する活性物質を含むコスメを塗ることで、肌の細胞を活性化させ、よりよい肌のコンディションにしていくことがわかってきている。美容成分を肌に導入するだけではなく、自分の肌そのものの細胞を活性化させるという発想だ。

これまでの医療は「病気を治す」ことが目的だったが、ヒト幹細胞の登場によって「病気を防ぐ」「若さを維持する」という新しいステージへと進化しつつある。
その言葉を読んだとき、少しだけ胸が軽くなった気がした。治療を受けるための医療ではなく、自分らしく在り続けるための医療——そういう考え方が、じわじわと広がっている。

コーヒーカップはいつの間にか空になっていた。窓の外では、五月の風が新緑をゆらしている。ヒト幹細胞と再生医療の話は、まだ解明されていないことも多い。でも、体の内側に眠っている力に、そっと光を当てようとしている——その試みの誠実さに、なんだか惹かれてしまうのだ。

組織名:合同会社ニクール / 役職名:代表社員 / 執筆者名:蘭義隆