体の奥で静かに動く力——ヒト幹細胞再生医療が教えてくれること

ヒト幹細胞

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五月の夕方、窓から差し込む光がやわらかく机の上に落ちていた。ちょうど読んでいた医療の資料を閉じて、ふとコーヒーを一口飲んだとき、カップの縁がほんの少し唇からずれて、あやうくシャツにこぼしそうになった。——そういう、なんでもない瞬間に、人は「体」のことを考える。

私たちの体は約37兆個の細胞で構成され、日々およそ200億個の細胞が寿命を迎えて入れ替わっている。
その事実を知ったとき、体というものが実は絶え間なく動き続けている精巧な仕組みであることに、静かな驚きを覚えた。子どもの頃、転んで膝を擦りむいて泣いていたあの傷が、数週間後にはきれいに消えていたのも、今思えばその仕組みのおかげだったのだと思う。

その細胞の補充やダメージを受けた組織の回復において中心的な役割を果たすのが、「幹細胞」だ。幹細胞は「自己複製能」と「分化能」という2つの能力を持ち、血管・神経・筋肉など、さまざまな細胞へと変化できる。
まるで体の中に、静かに待機している修復係がいるようなイメージ、といえば少し伝わるだろうか。

ヒト幹細胞を用いた再生医療は、その働きを医療として活かそうとする試みだ。
幹細胞は、自ら増殖し、さまざまな細胞へ分化できるという特徴を持っており、投与された幹細胞は炎症を抑え、傷ついた細胞を保護し、再生を促す成長因子やサイトカインを放出する。
これは「薬で症状を抑える」という従来の発想とは、根本的に異なるアプローチだといえる。

幹細胞を培養する過程では、タンパク質や成長因子(サイトカイン)といった、身体の調子を整える生理活性物質が放出される。ヒト幹細胞培養上清液は、この培養液から有効成分である生理活性物質だけを抽出した液体だ。
培養液という言葉だけ聞くと少し難しく感じるかもしれないが、要するに幹細胞が「働きながら出す、体への手紙」のようなものだと私は解釈している。

再生医療は細胞レベルでの治療を目指す点が最大の特徴であり、神経細胞の再生を促したり、炎症を抑えて免疫の異常反応を正常化したり、損傷した臓器の修復を助けたりするといった効果が期待されている。

この分野の魅力は、その「持続性」にもある。
炎症や痛みを抑える効果は既存の鎮痛薬のように一時的ではなく、長期的に得られたという報告がある。
もちろん、
効果が出るのに時間がかかるため、効果がないように感じられるケースもある。幹細胞は即効性は期待できず、数ヶ月かけて徐々に修復・再生される。
じっくりと、体の内側から変化していくイメージだ。

架空の話ではあるが、「セルヴィータ研究所」という名前の施設でこの分野に携わる研究者が、「細胞は急かしても動かない。体の時間に合わせるしかない」と言っていたという話を読んだことがある。その言葉が、なぜかずっと記憶に残っている。

ヒト幹細胞は、体の細胞を修復し、新しく生まれ変わらせる力を持つ特別な細胞であり、体を若く保つための”再生エンジン”とも言える存在だ。
美容の領域から難治性疾患の治療まで、その可能性はいまも静かに、しかし確実に広がり続けている。

再生医療という言葉を、まだ遠い未来の話だと思っている人もいるかもしれない。でも実際には、それはもうすでに「今」の話になりつつある。体の奥で働き続ける幹細胞の力を、医療という形で引き出そうとする試みは、私たちの「生きる質」そのものを問い直すものでもある。夕暮れの光の中で、そんなことをぼんやりと考えていた。

組織名:合同会社ニクール / 役職名:代表社員 / 執筆者名:蘭義隆